201705_saisentan02_main
≪前編はこちら

うしおととら」、「からくりサーカス」、「月光条例」をはじめ現在も「双亡亭壊すべし」の週刊連載をされるなど、精力的に描き続けている漫画家 藤田和日郎さん。前編では、日頃の漫画制作で手にされる道具について、そして、藤田さんの創作に欠かせない修正液の使い方などについてお話を伺った。
後編では、それ以外の藤田さん流の創作筆記具についてお話を進めたい。


■師匠から教わった筆ペン
201705_saisentan02_01
これも漫画制作に欠かせないと見せてくれたのは、「ぺんてる筆」。特に顔料インクタイプは必須だという。藤田さんが漫画家のあさりよしとお氏のアシスタントを務めていた時代、その影響でご自分でも使うようになった筆記具だ。
あさり先生は、この顔料「ぺんてる筆」が「ベタ」を一番むらなく塗れると絶賛していたという。「ベタ」とは真っ黒に塗り込んでいくこと。「うしおととら」では、「ベタ」が多い作品だったので、藤田さんにとっても、この「ぺんてる筆」にはお世話になったという想いがある。

漫画制作ではアシスタントとして付いた師匠から、絵の描き方だけでなく、それを描く道具についても受け継がれていく。
藤田さん自身あさり先生から顔料インキの筆ペンを受け継いでいる。そして、藤田さんの仕事場を卒業してプロの漫画家になった方々もぺんてる「修正液・最先端」を今も使っているという。アシスタント時代は師匠である先生が愛用しているものを使う物理的な時間が圧倒的に長く、だんだんと手に馴染んでいくからだという。
201705_saisentan02_02
藤田さんがアシスタント自体から愛用している

この筆ペンの良さは、ボディを押すことでインクの出る量を自由に調整できるところだそうだ。強く押してインクがあふれるくらいにしたり、少しだけインクを出してあえてかすれさせたような表現にするなど、力加減ひとつで思い通りの表現ができるという。
このボディを押してインクの量を調整できるということで言えば、ぺんてるの「修正液・細先端」とも通じる操作性である。ちなみに、ぺんてる「修正版・細先端」との相性は抜群で筆ペンでベタ塗りした上からでも修正液で描くこともできるそうだ。
201705_saisentan02_03
藤田さんは、ぺんてるの筆ペンは「うす墨」タイプも愛用されている。
製図用インクでペン入れをした上からなぞると、
ほどよく馴染んでいくところがいいという。
201705_saisentan02_04
ぺんてる筆「うす墨」で濃淡を付けていた
201705_saisentan02_05
ぺんてるの「水筆」も使う。水筆はインクで描いた上からなぞって滲ませるという使い方もするという…
201705_saisentan02_06
お話をお伺いしながらも、カブラペンとぺんてる筆、水筆を使って
ササッと描き上げられた!すごい!


■割り箸も筆記具に
藤田さんの手にかかると割り箸も漫画の創作筆記具になってしまう。

漫画を描き続けていると、だんだん自分の描いた線に飽きてくるんです。するとしだいに線を乱したい、という気持ちがむくむくとふれ上がってきます。いつもの線だけを描いていては絵が面白くなくなってしまう。あえて荒っぽくすることで予定調和に落ちいらないようにしています。そうした時に手にするのが、割り箸なんです
201705_saisentan02_07

そう言って、ふだん使っている割り箸を見せてくれた。握るところが少しカッターで細く削られている。

先端はパチンと割り箸を割ったままの四角い状態です。面のところで描くと太い線に、角で描けば細い線にもなります。決してコントロールしやすいものではありません。そのコントロールしづらいものをコントロールしていくところに面白みがあるんです。『からくりサーカス(1997〜2006年)』の頃から使い始めました

藤田さんが割り箸を手にする時は、ストーリーの中でここを読者に見てもらいたい!と感じるところだという。藤田さん自身の感情が高ぶった時に手にする。言わば、情念がより高まったという時なのだろう。場合によっては割り箸からさらに進んで指にインクを付けて描くこともあるのだそうだ。
 


■意のままに使える
様々なユニークな道具を駆使して漫画を作り上げていく藤田さん。そうした道具選びの基準とはいったいどんなものなのだろうか。

まず、少しでも良さそうだと思ったら、とにかく一度は試してみるという。そして、手に馴染んでいくかを見極めていく。

人はどんなものでもだんだん慣れていきます。だから極論を言えば、道具はどんなものでもいいのでしょう。ただ、ひとつだけ私がこだわっているのは『意のままに使える』ということなんです。たとえば、カブラペンをセットしている木製のペン軸は自分が握りやすいようにカッターで削っています。自分のやり方で馴染むようにしていきます。修正液のボディが柔らかく、押してインクを出せるというのも意のままに使えるという点で気に入っています
201705_saisentan02_08


■藤田さん流の集中法
藤田さんの仕事場には3~4名のアシスタントの方々がいる。仕事場では藤田さんがこだわるちょっとユニークな仕事のルールがある。
それは「無口禁止」だ。集中して漫画を描くということからすると、誰もおしゃべりなどしない方が静かで良さそうな気がする。
201705_saisentan02_09
藤田さんの仕事場に貼られていた無口禁止ポスター

ここぞという情念を入れて漫画を描く時というのは、頭の中の内圧がすごく高まっているんです。叫びたくなったり、モノに当たったりしてしまいそうなくらい高ストレス状態。そうした中で、シーンとした雰囲気だとよりストレスが増してしまう。だからアシスタントには、仕事中でもみんな仲良く会話していて欲しいんです。そうすることで仕事場の雰囲気が和らいで私の内圧が徐々に下がっていく訳です

201705_saisentan02_10
仕事場の壁には藤田さん、アシスタントさんそれぞれの目標が掲げられている。
スタッフの方々同士の仲の良さ、雰囲気の良さが伝わってくる。
201705_saisentan02_11
そして、こちらが藤田さんの今週の目標


■ストーリーの作り方
最後に藤田さんのストーリーの作り方についてお話をお聞きした。

アイデアや発想は、寝ている時、お風呂やトイレに入っている時に浮かびます。ただ、ストーリーは現実的なものなので、一人机に向かってうんうん唸って考えています。まず登場人物がいて、ストーリーの方向はこうあって、そのストーリーの間をキャラクターがどう動いていくか、辿り着くべきストーリーの結末はある程度決まっています。かといってその過程の細かなところまで全て決まっている訳ではありません。予め詳細に決めてしまうと、ストーリーが窮屈になってしまいます。それこそ読者に先が想像できてしまい予定調和になりかねません。ある程度の方向性だけは保ちつつ、途中の気まぐれな思いつきがあったら、それも生かしていきます。書きながらストーリーが変化していくこともあります。それこそ、キャラクターがストーリーの中で生きているということなんだと思います

このキャラクターをどう動かしていくかというアイデアのしっぽをたぐり寄せていく時に藤田さんが行っているのが、「なぜ?」と問いかけていく作業。なぜ、登場人物のお姉さんは弟のことを大切に思っているのか?など、ひとつひとつに対してなぜを繰り返していく。その結果として言語化していく。この言語化ができれば、アイデアが一挙にたぐりよせやすくなるのだという。

201705_saisentan02_12
≪前編はこちら

土橋が注目したポイント
  • 藤田さんが漫画制作に使う道具を選ぶ時にこだわっている「意のままに使えるか」という基準。これは漫画制作に限らず、私たちの日頃の仕事道具や勉強道具選びにおいても参考にすべきポイントであると感じた。その道具を使う時に、一切の煩わしさ、イラツキから解放され本来の仕事に没頭できるようになる。この「意のままに使える」というのは、デジタルでは、どうしても「変換」というものが介在するが、アナログは直接アウトプットする分、優れた点があるのかもしれない。
     

プロフィール
藤田和日郎 (ふじた かずひろ)
北海道出身。1988年、第22回新人コミック大賞入賞を経て、1989年、第2回少年サンデーコミックグランプリにて、『うしおととら』で入賞し、連載開始。 1991年、『うしおととら』で、第37回小学館漫画賞・少年部門を受賞。 代表作『からくりサーカス』『月光条例』。 2016年週刊少年サンデー17号より『双亡亭壊すべし』を連載。

■公式Twitter https://twitter.com/ufujitakazuhiro