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≪前編はこちら

流し・歌う漫画家として新宿荒木町を拠点に活動しているちえさん。前編では、漫画家を目指しその夢を手にした後、思わぬ出会いから「流し」の道を歩むことになった経緯についてお話を伺った。

後編では、実際にちえさんに流し、そして筆ペンを使った似顔絵のパフォーマンスを見せて頂いた。その模様をお届けしていきたいと思う。

非日常を演出する個性的なコスチューム

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ちえさんの衣装は人目を惹く。町を歩いているとちえさんを見た子供がお母さんに「今日はハロウィーン?」と聞いてきたり、電車に乗ればサーッとちえさんの前に道が出来たりもしたという。着物に帯、胸元には蝶ネクタイが見え、足下は洋服に靴というその装いはちえさんワールドそのものと言った方がいいかも知れない。
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新太郎師匠と活動を共にしていた頃は、二人のバランスを取るため着物をキッチリ着ていたという。ちえさん一人の活動になってからは、日によって着物と洋服を別々に着ていた。ちえさんによると「流し」の仕事をしていくには、和装も洋装もそれぞれ一長一短があるのだという。着物は草履を履かなくてはならず、雨の日は滑ってしまうことがあり危ない。これから来て欲しいと他の店から連絡があれば、すぐに駆けつけなくてはならない。しかし、着物だと走れない。一方、洋服だと五弦三味線“五色線”を弾くときに楽器の角が腰にあたって痛くて仕方ないのだという。そこで今の和洋折衷の独自スタイルに行き着いた。靴なので走りやすく、着物の帯はコルセットのように厚いので楽器があたっても全然痛くない。この装いは7年間の経験から編み出した理想のスタイルだったのだ。

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(写真はちえさんのFacebookより)

ライブ感溢れる五弦三味線“五色線”の演奏

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流しというと、ギターを弾きながらというイメージが頭に浮かぶ。しかし、ちえさんによると流しの歴史の中でギターが登場しはじめたのは後期になってからなのだという。流しの楽器は、三味線、琵琶など和楽器が最初で、その後洋楽器のバイオリン、竪琴が入り、太鼓、アコーディオン、ギターなど様々な楽器が使われてきた。その中でもギターが持ち運びやチューニングの関係で利便性が高く、最後まで残ったのだという。ちえさんの師匠、新太郎氏はギターの中でもやや小さめなレキントギターを使っていた。そんな師匠から何か楽器を持ちなさいと言われ、選んだのが三味線だった。

ちえさんは、それまで楽器の経験はほとんどなかった。とりわけ弦楽器は学校の授業でギターを少し触った程度だった。なぜ師匠と同じギターではなく三味線を選んだのだろうか。それは、きっと多くの人にとって新鮮な楽器だろうと考えたからだった。たしかに私も三味線の生の演奏は聴いたことがない。

三味線の経験のないちえさんはどのようにして人前で披露できるまでになったのか。

まずはYoutubeを聞いたり、教本を買って独学ではじめていったという。とは言え、基本は一度しっかり学んだ方がいいだろうと、三味線の先生に就いた。しかし、ちえさんのイメージするものとはかなり違っていた。というのも、三味線の先生から教えてもらう場合は、まず三味線の曲を「チントンシャン」など伝統的な理論を習得することが基本となる。それが出来てようやく三味線を弾くができるのだそうだ。しかし、流しでは歌謡曲が中心になるため、伝統的な理論だけでは応用が利かない。そこはちえさんの目指すスタイルではなかった。

そんなある時、三味線でジャズやベンチャーズなどを演奏している方がいると聞いた。その方は従来の三味線の教え方ではなくギター理論で今風の教え方をしているということだった。これだ!と、ちえさんはその先生を訪ねて教えてもらい、めきめきと上達していった。

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今、ちえさんが使っているのは弦が5本ある。これはちえさんオリジナルのもので五弦三味線“五色線”というのだそうだ。一見すると3本のように見えるが、5本のうち2本2本が少し近かめに張られている。一般的な三味線よりも一度に2つの弦を弾けるので、ギターで言うところの12弦ギターのように音の響きに厚みがあるのを私は感じた。

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ちえさんが使用しているのは弦が5本の「五色線」
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早速、一曲披露頂いた。新宿荒木町の歌(荒木町小唄[作詞:登夢、作曲:寺元宏])だった。はじめて耳にする五色線の音色。テレビなどでは三味線の演奏を聴いたことがあったが、迫力が全然違った。もっとも驚いたのは思った以上に音が大きいことだった。そして、なんとも言えぬ心地よい音色だった。この五色線でちえさんが演奏するレパートリーは100曲ほどあるという。三味線の定番から歌謡曲まで様々なジャンルを演奏してしまう。


(映像提供:「日本滞在を100倍楽しく!」訪日WEB マガジンTadaima Japan)

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流しは一曲1,000円から。直接ちえさんにお支払いする


歌いながらのライブドローイング

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そしていよいよ筆ペンを使って私の似顔絵を描いてもらうことに。五色線を抱えたまま画板を首からさげ、袖の下に隠れていたショルダーバッグから画用紙を一枚取り出していく。ちえさんの体には色々な装備がある。肩の下あたりのスタンドにはBluetoothマイク&スピーカーがセットされ、帯の正面のボードにはマジックテープでスマホが取り付けられる。そこからカラオケの音楽が流れてくる。今度は一転して、70年代に世界中で大ヒットした、男女二人組ユニットの洋楽バラード曲だった。五色線の時とは違いしっとりした雰囲気の歌声だった。

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帯にあるこのスタンドにはマジックテープでスマホを固定している。
こうした装備は全てちえさんの自作によるものだ。

帯には、電気工事の人がよく工具をしまっている腰巻きをしているが、その着物版というべきものがちえさんの腰にはあり、そこには30本ほどの筆ペンが入っている。ぺんてる筆の中字を取り出しサラサラと描きはじめる。もちろん歌いながらだ。時折私の顔をチラッとみながらも筆の動きには迷いがない。

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装備は全部でおよそ7kgもあるという

ちえさんが愛用しているのはぺんてる筆の中字と極細。一番よく使っている2本だという。いずれも顔料インクタイプだ。漫画を描いている人たちの間では、ぺんてる筆の顔料インク(ボディがグレー)は必需品だという。ツヤベタという背景を真っ黒にするときに使われる。漫画家でもあるちえさんもその良さを知っている一人。似顔絵を描く時にも愛用している。カラーリングではぺんてるのアートブラッシュで色づけをしていく。その際、顔料の筆ペンで描いた線は滲むことがない。

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輪郭線を描く時に使う「ぺんてる筆」顔料インク
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「ぺんてる筆は細先が大きく筆圧の調整がききやすく、太く細くというコントロールができるのがいいですね。抑揚のある線やかすれなども思い通り描けます」

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ボトルキープの瓶などに描く時はゼブラのマッキーを使う
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呉竹の「完美王」はボディをグニュッと押さなくても常に一定の線が描けるので、急いでいるときに役立つという。
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そうこうしているうちに洋楽バラードの歌も終わり、それまで私に見えないように斜めにしていた画板から完成した似顔絵を渡してくださった。

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ものの2〜3分くらいしかかかっていない。私本人よりしっかりとした印象の似顔絵になっている。まるでどこかの会社の部長といった雰囲気。漫画のキャラクターとして出てきそうでもある。ちえさんは似顔絵を描く時は多少美化して描くようにしているという。たしかに美化されている。

ちえさんの似顔絵ファンは多く、何度も描いてもらう人もいるという。1回目の似顔絵より2回目、3回目となるにつれ似顔絵の表現は少しずつ変化していくそうだ。それは何度もお話をしていくうちにそのお客さんの人となりがわかっていくためだ。段々とキャラクターを打ち出した似顔絵になっていくのだという。

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似顔絵は1枚1,000円から。

最後に「ぺんてる筆」とはちえさんにとってどんな存在か?お聞きした。

「なくてはならない相棒です。製造中止になったら本当に困ります。テクノロジーの進化によって従来のものがなくなり新しいものにとって変わることが次々に起きています。たとえばワープロ専用機が姿を消しパソコンになっていくように。ぺんてる筆はそうなって欲しくないですね」

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ストックとして「ぺんてる筆」の中字と極細は、各一箱(10本)ずつ常備しているという溺愛ぶり

土橋が注目したポイント

今回の取材を通じて改めてライブの良さを感じることができた。テレビで知った気になっていた三味線の音は生では全く迫力が違うものだった。そして、ぺんてる筆で描かれた似顔絵。今はスマホで簡単に写真を撮ることができる。しかし、この似顔絵を見ていると、その時ちえさんが歌ってくれた洋楽バラードの歌やお店の雰囲気までもがありありと思い出される。その時の空気まで手描きの中に封じ込められているのかもしれない。

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プロフィール

ちえ
歌う漫画家。
2012年7月より、芸歴60年日本最長老ギター流し新太郎師匠に弟子入り。歌う漫画家として、四谷三丁目荒木町にて、五弦三味線“五色線”を抱えて演歌歌謡曲を歌い、お客様の似顔絵を描いて、軒から軒へ流し歩いている。

ちえさんが荒木町で活動されているお店はFacebookで確認できる。
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【取材協力】

味どころ「はしもと」
新宿区舟町3杉大門通り
TEL.03-3353-5780

ぺんてる筆(顔料インキ)商品詳細ページ

https://www.pentel.co.jp/products/brushpens/brushtype/pentelfudeganryouinki/

アートブラッシュ商品詳細ページ

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