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私が新入社員の頃だったので、1990年だったと思う。発売間もなかった、ぺんてる「ハイブリッド」をはじめて書いた時の衝撃は、今でもよく覚えている。ボールペンなのにスルスルと気持ちよく進み、それまでの水性インクとは違い、筆跡は細くキリリと書けた。これまで体験したことのない書き味に私の手はかなりの衝撃を受けた。

これは「ボールペン革命」だ!
当時、私はそう感じた。

その「ハイブリッド」の生みの親である、ぺんてる中央研究所開発部第一開発室 小貫 勲さんと、茨城工場長相談役(元生産統括)吉村 昇さんに、直接お話しをお伺いするためぺんてる茨城工場に行ってきた。

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■「ハイブリッド」誕生は決して平坦な道ではなかった

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ぺんてる 中央研究所開発部第一開発室 小貫 勲さん

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ぺんてる 茨城工場 相談役(元生産統括)吉村 昇さん 

「ハイブリッド」はゲルインキボールペンの中でひとつの流れを作ったペンである。しかし、ゲルインキボールペンということで言えば、実は先行して他社がすでに開発に成功し、販売も開始していた。

小貫さんは、そのペンに大きなショックを受け、それを超えるものを作ろうと決心した。
その後、4年の歳月を費やし開発に成功することになる。ひとつのペンの開発期間としては相当に長い方である。

いざ、本格製造に入り販売しようという矢先、社内からはこうしたペンを販売していくことに自信がないという消極的な声があちらこちらから聞こえてきた。ならばと行ったのが、地域限定でのテスト販売だった。この時の商品は、製造ラインでの大量生産ではなく、中央研究所での生産だったという。

その甲斐あって、1987年に九州地区で実施したテスト販売では「ハイブリッド」の書き味はユーザーに着実に評価されることになった。
これは行ける!という確かな手応えを得て、その2年後の1989年に正式発売された。


■こだわったのは「中性」

開発当初から掲げていたのは、水性ボールペンと油性ボールペンの良いところをあわせ持ったものにするということだった。
すなわち、水性ボールペンのように軽く書け、筆跡が瑞々しく、インクのボテがなく、一方で油性ボールペンのようにインキの残量がわかり、にじまず、最後まで一定の書き味であることだった。

「ハイブリッド」のインキはそれをまさに実現するものだった。
中性であるのは、なにもインクだけではなかった。ペン先のチップもそうだ。ボールとそれを支えるパーツとの間には、わずかなすき間がある。そのすき間からインクが出てくる。粘度の高い油性の場合は、そのすき間が限りなく狭くなっている。水性の場合は逆に広い。
「ハイブリッド」では、そのちょうど中間くらいになっている。つまり、チップの作りも中性ということなのだ。
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開発当時から「中性ボールペン」と社内で呼んでおり、商品名の候補のひとつに「ザ・中性」というのも一時は浮上したという。
最終的には水性と油性が交じり合ったという意味での「ハイブリッド」になった。
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開発プロトタイプ。「ザ・中性」のロゴが入ったキャップ

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1989年発売当時のチラシ。中性ボールペンとして華々しくデビューした。



これまでにない中性ボールペンをボディでも表現するため、ボディとキャップにはクリアな透明スタイルを採用している。キャップを透明にしたのは、この「ハイブリッド」が初めてだという。

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■キレイな字が書けると評判に

一番の特長である、軽くなめらかに書けるという点では、実は従来の水性ボールペンよりもやや劣っていた。
小貫さんは、その点を販売前から懸念していた。

しかし、ふたを開けてみれば、そうしたクレームは一切なかったという。むしろ、こんな声がたくさん聞かれた。

「ハイブリッドだとキレイな字が書ける」

それは、滑りすぎないからだった。別のいい方をすれば、適度な抵抗感、書き応えがあるということだ。日本語は一画一画が独立しているので、その都度筆跡をとめなくてはならない。そのコントロールが「ハイブリッド」ではしやすかった訳だ。

また、「ハイブリッド」は日本語特有のトメ、ハネ、ハライを表現しやすいペン先構造にもなっている。

まず、ペン先のボールを支えるパーツの角を滑らかにしているのだ。ここは、書く時に紙にこすられる部分でもある。滑らかに加工したことで紙の細かな繊維に必要以上にひっかからないようになっているのだ。
また、そもそもゲルインキは、ボールが回転するとインクの滑らかさが一気に増す特性を持っている。斜めにしても心地よく書け、筆記速度で微妙にインクの吐出量が変わる。この絶妙な組み合わせにより、トメ、ハネ、ハライが表現できるのだ。
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■カチッと気持ちよくはまるキャップ

「ハイブリッド」を使っていて感じるのは、キャップがカチッといい音をたててはまっていく心地よさ。

実は、このキャップのつくりには、ぺんてるの並々ならぬこだわりが込められており、オーバークオリティとも言えるほどの作り込みになっている。目指したのは、キャップ自らが入っていくような感覚だったという。

このキャップの作り込みはボールペンの書き味にも大きな影響を与える。キャップを締める時、ボールのすき間から内部に空気が入り込んでしまうことがある。空気が入るということは、次に書き出す際にインクが出にくい、かすれを起こしかねない。

「ハイブリッド」のキャップでは、その対策がしっかりと講じられている。キャップの内側上部にインク色をしたパッキンを備えている。これでチップ全体を覆ってから、さらに押し込んでカチッとはまる構造。これでペン先に空気を取り込むことを防いでいる。
ちなみに、キャップの内面に数カ所の溝が掘られており、空気の絶妙な調整の役割を果たしている。

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こだわりはそれだけではない。カチッと音を立てている部分は、一万回の開閉テストをクリアする耐久性がある。
今回初めてお聞きしたのだが、ボディ側のその接合部には潤滑剤を塗布しているそうだ。
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■マイナーチェンジをしているインキ

発売当初の「ハイブリッド」はインキが今よりもグレーっぽさがあった。個人的には、他にはない色あいだったので気に入っていた。

それがあるとき、インクの色が真っ黒になってしまった。小貫さんによると、一部のユーザーからインキの色が薄いので、もっと濃くして欲しいという要望があり、それに応えたそうだ。

タイミングを同じくして、チップの材質も変更された。それまでは「洋白(ようはく)」という銅が使われていた。これは適度なやわらかさがあるのが特長。それをより硬く耐久性のあるステンレスに変更した。

インクのマイナーチェンジにより粘度は若干高くなり、チップもより硬いものなった。つまり、ほんのわずかではあるが、書き味のタッチが硬質になった訳である。私は、この書き味の変化を当時感じていた。従来のスムーズでやわらかなタッチが懐かしい。

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グリップもマイナーチェンジをしている。
発売当初は、グリップには細かな溝加工だったが(写真上)、
その後リング状のプリントに変わっている。



■極細タイプの「ハイブリッドテクニカ」の登場

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「ハイブリッド」はボール径が0.5mm。海外向けには、0.6mm、0.7mm、0.8mmといった太いタイプもあった。
しかし、0.5mmより細いボール径にすることは物理的にできなった。

素人考えでは、単に先端のボールを小さくすれば、それで済むではないかと思うところだが、そう簡単な話ではない。

ボールが小さくなるということは、そのボールを受ける台座の1カ所にかかる圧もその分高くなってしまう。つまり台座側の摩耗が早くなる。ボールが小さくなれば、同じ距離を書くにしても、ボールの回転する回数も当然増えていく。こうした理由でそれまでの「ハイブリッド」のチップでは作ることができなかった。

「ハイブリッドテクニカ」では、台座の加工精度をあげている。加えてインク自体もより潤滑性のあるものになっている。極細にするには、実はこうした隠れた技術の積み重ねが必要だったのだ。
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土橋の注目したポイント

  • ゲルインキボールペンの一時代を築き上げた「ハイブリッド」。そのスタートが社内の反応があまり積極的ではなかったというのは、意外なお話しだった。そこで諦めなかった中央研究所の方々の心意気を感じた。
  • ボールペンなのに、日本語特有のトメ、ハネ、ハライがしっかりと書けるということを最初に私に植え付けてくれたのが「ハイブリッド」だった。



ハイブリッド 」商品詳細ページ
http://www.pentel.co.jp/products/ballpointpens/gelink/hybrid/

ハイブリッドテクニカ」商品詳細ページ
http://www.pentel.co.jp/products/ballpointpens/gelink/hybridtechnica/


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