≫後半はこちら
ペンと紙は、それぞれ単体では使うことはできない。「書く」という行為はペンと紙が一緒になってはじめて行うことができる。
ペンと紙は、それぞれ単体では使うことはできない。「書く」という行為はペンと紙が一緒になってはじめて行うことができる。
書くためのペン、そして書かれるための紙製品を作っているメーカーは異なり、それぞれの立場でモノづくりが行われている。それらを私たちユーザーが選んで書いていく。そしてその書き味を楽しんでいる。
今回の「表現の道具箱」では、ちょっと趣向を変えた対談を試みた。書くためのペンメーカーぺんてると書かれる紙製品メーカーマークスとの対談だ。かねてより紙製品メーカーとの対談をやってみたいと考えていた。しかし、意外なことにペンメーカーと紙製品メーカーはあまり交流がないという。
そこで、私(土橋)のクライアントの1社であるというご縁で、マークスさんにお声がけさせて頂いたところご快諾いただき、今回の対談が実現した。ぺんてるそしてマークスがどのように「よい書き味」を生み出そうと努力されているかをタップリと話していただいた。前後編に分けてお届けしたいと思う。
*株式会社マークス 商品本部 商品企画1部部長 佐倉由枝さん
*ぺんてる株式会社 国内営業本部 マーケティング推進部 筆記具・修正具グループ 課長 丸山雄太さん
*ぺんてる株式会社 国内営業本部 マーケティング推進部 筆記具・修正具グループ 内村篤史さん
■ 編集力のマークス、表現のぺんてる
土橋「まずは、お互いに初対面ということで、改めて会社紹介、そしてどんな仕事を担当されているかを伺います。」
マークスの手帳企画チームをディレクションする
株式会社マークス 商品本部 商品企画1部部長 佐倉由枝さん
佐倉「もともとマークスは編集会社でした。1995年頃からステーショナリー市場に参入し、手帳をはじめとする紙製品を作り始めました。いわゆるファブレスで自社工場は持っていません。私たちの強みは編集力。そこで培った企画力・デザインを活かした製品を作り続けています。20〜30代の女性がメインターゲットです。私たちが参入した当時、ビジネス手帳は男性のものばかりでしたが、働く女性の視点を取り入れたことで、支持を得てきました。現在では、年間で約1,000種類の手帳を作っています。」
丸山 内村「お〜、1,000種類とはすごい量ですね!」
佐倉「手帳には様々な中面フォーマットがあります。そしてここが私たちの強みなんですが、表紙のデザインラインナップを多く取り揃えています。今では手帳でよく見かける著名人とのコラボもいち早く取り組んできました。画家・奈良美智氏、写真家・映画監督・蜷川実花氏、イラストレーター・森本美由紀氏、最近だと前衛美術家・草間彌生氏などなど、幅広いジャンルの方々とコラボを実現してきました。私たちの企業コンセプトは、『日本の”素敵”で世界に”快適”を』。日本ならではのデザイン・コンテンツ力、そして日本の機能・品質に重点を置いて製品づくりをしています。」
筆記具全般のマーケティングリーダー
ぺんてる株式会社 国内営業本部 マーケティング推進部 筆記具・修正具グループ 課長 丸山雄太さん
丸山「私たちぺんてるは戦前、筆・すずり等の書道用具の製造・販売からスタートしました。戦後、これからは子供たちの教育が大切だと考え、子供用のくれよんやえのぐを作りはじめていきました。その後は世の中にないものを作るというビジョンで成長してきました。皆さんがよくご存じのものですと、毛筆タイプの筆ペン、サインペン、修正液などがそうです。ペンだけでなく、画材だけでなく、幅広く”表現する”というユーザーに対し向き合い製品開発してきたメーカーなのかもしれません。」
■「ほどよい自由度」にこだわったEDiT
土橋「佐倉さんはどのような仕事をされているのですか?たとえば代表作は?」
佐倉「全ての手帳の企画をディレクションしています。代表作はやはり『EDiT』ですね。それまで色々な手帳を作ってきた中で、ひとつのブランドを作り上げたのは『EDiT』がはじめてです。ブランド立ち上げ時『EDiT』のコンセプトやメッセージをまとめた社内用のブランディングブックを作って配ったほどです。ブランドは世の中に出す前に、まずは社内の人たちにしっかりとその世界観を理解してもらわなければなりません。社内スタッフが実は一番のブランド伝道者になってくれますので。
『EDiT』のコンセプトは、『人生をクリエイティブにするパートナー』、書くことで人生を編集していくためのツールなんです。最近では『EDiT』からアイデア用ノートも出しました。これはクリエイティブな思考を育てるアイデアを形にするためのツールです。ノートでは珍しく横長スタイル、そして付せんをセットしています。手帳・ノートいずれにも共通してこだわっているのが、『ほどよい自由度』。締め付けすぎずある程度自由に使えるようにしています。かと言って自由すぎてもいけません。あくまでも程よいガイドラインを示すだけにとどめています。」
『EDiT』手帳の時間軸は24時間だが、あえて時間表示は6〜21時まで、
罫線も実線ではなく、こまかなドットの点線になっているなど、ほどよいガイドラインは随所にある
■ モノではなく『コト』でマーケティングしたエナージェルユーロ
丸山「私は営業からスタートして、その後はずっと筆記具マーケティング畑です。シャープペン、『エナージェル 』、油性ボールペンなど、現在は全ての筆記具マーケティングの責任者をしています。以前はモノを売るための機能訴求ばかりをやっていましたが、だんだんそれに限界を感じはじめてきました。モノではなく『コト』を売ろうと考えはじめました。その契機となったのが、2009年当時担当していた『エナージェルユーロ』でした。もともとは海外で大変に売れていたペンです。その海外でのヒットを受けて日本でも販売することになりました。
『コト』で売ろうと考えた「エナージェルユーロ」
エナージェルユーロの機能は、なめらかに、クッキリ書け、速乾性があるというものです。ただ日本のユーザーにそれだけを伝えたところで、ダメだろうと感じていました。なめらかだからあなた(ユーザー)に何が得なのか?を追求しないといけないと。その時にフト思い出したことがありました。営業時代、大学生協を担当していた頃、毎年就活のシーズンになると履歴書の隣にある万年筆が飛ぶように売れていました。お店の方によると、学生さんは履歴書は万年筆で書くものと思っているとのことでした。万年筆よりもいつも書き慣れているボールペンの方がいいはずなのに・・・と思い、このシーンに『エナージェルユーロ』がうまくあてはまるかもしれないと考え『就活ペン』として企画し、売り出しました。結果は大成功。『エナージェルユーロ』でエントリーシートを書いて内定を取れた学生からは『神ペン』などと呼ばれたりもしました。2009年頃はちょうど就職氷河期だったこともタイミング的によかったのかもしれません。みんな内定を目指して必死でしたから・・・。もちろん、なめらかに書けるという基本機能がしっかりあったからこそだと思います。ただモノではなく『コト』から発信したのは正解でした。」
「就活ペン」としてプロモーションしたビジュアル
■「いつもそばにある ぺんてる」、「気分がよくなる マークス」
土橋「ところでお互い、メーカーとしてどんなイメージを持っていますか?」
佐倉「いつも気づいたら、そばにあるもの。たとえばサインペンがそうでした。正直なところメーカー名のぺんてるさんはあまり意識していませんでしたが、このペンは私にとってすごく身近な存在です。」
丸山「私のマークスさんのイメージは、クリエイティブ系の感性が高い人が使うものというイメージです。値段もそれなりにして、いいものを適切な価格で売っているな〜!と思っていました。」
内村「私は使っていて気分がよくなるものという印象をマークスさんに持っています。今、『EDiT』アイデア用ノートを使っているんですが、自分で考えた企画をアイデア用ノートに書いて、この前上司にプレゼンしたんです。こうやって1ページずつめくりながら順番に・・・」
「エナージェル」のマーケティングを担当している
ぺんてる株式会社 国内営業本部 マーケティング推進部 筆記具・修正具グループ 内村篤史さん
佐倉「とてもキレイにひとつひとつテーマごとに書かれていますね!すごく使いこなしてくれているというのが伝わってきます。」
内村「説明しながらも反対側に書き足したり、逆に戻ったりが自由にできて、気分よく、そして格好良くプレゼンできているというのをすごく実感できました。言わば、プレゼンが決まる!という感じです。」
佐倉「文具って今や、その人のアイデンティティにもなっていると思うんです。そのアイデンティティに相応しい見た目というのも意識していますので、気分がよくなると言っていただけるのはうれしいですね。」
■ なめらかさが心地良さになってきている?
土橋「さて、ここからは対談のメインテーマである書き味に話を進めたいと思います。『書き味』という言葉は誰しもよく使いますが、いざそれを説明して欲しいと言われると意外と答えづらいもの、つかみどころのないものです。ズバリいい書き味とはどんなものだと思いますか?」
佐倉「『心地よく思考が羽ばたける』ということだと考えています。書き味は、言われるように人それぞれで感じ方は違います。とは言え、モノづくりをする時は、こんな風に具体的に捉えています。『ペン、紙、人、目的の交差点』。使うペンや紙、そして使う人と何のために使うかで書き味というものが決まっていきます。紙製品メーカーとして、できるだけたくさんの人にいい書き味だと感じてもらえるように、その交差点の最大公約数を狙っています。最近では、ペンのインキはどんどん進化して、書き味にさらに幅が広がっています。一方で書き味だけでなく消せるボールペン等も出てきて消し味ということも意識しなくてはならなくなりました。消せるボールペン等のラバーでこすった時に紙がよれないようにすることも意識します。」
土橋「マークスさんの紙製品づくりにおいて、ぺんてるのペンはどんな印象ですか?」
佐倉「たとえば、ぺんてるさんの「エナージェル」はインキの出がとても良いので、紙製品メーカーとしてはインキの浸透性という点で気になる存在です。『EDiT』手帳では、以前は既成の紙を使っていました。しかし、書き味を追求するにはゼロから紙を作らなければならないと2014年からオリジナルの紙を開発し製品化しています。新たに開発した紙では紙らしさのある、つまり紙の繊維が感じられるものにしています。それでいて紙の平滑性、インキの染み通しの低減などを追求しました。」
丸山「書き味のものさしはやはり個人それぞれでしょう。その中で私が考えるのは心地よさに加えて『書くことを妨げないストレスフリーさ』です。かなり昔の話になりますが、我が社の書き味スタンダードは創業者のカリスマ的会長が一本一本目をつぶって試し書きをして、これはよし、これはダメという風に決めていたそうです。実際それによりたくさんのヒット商品を生み出していました。佐倉さんが『エナージェル』はインキの出がよいとお話しされましたが、それはぺんてるのペンのひとつの特長と言えます。もともと筆からスタートし、その後も水性ボールペンを世界ではじめて世に出したこともあり、インキがタップリ出てなめらかに書けるというのを創業者から継承し、ひとつのスタンダードにしているところはあるのかもしれません。」
土橋「さきほどのマークスさんみたいに、ぺんてるさんでも書き味を具体的に捉える尺度はありますか?」
丸山「あります。ボールペンの書き味は、ボールの硬さ、インキの粘度、そしてボールを支えているチップのクッション性で決まります。紙はミクロの世界では表面が凸凹していて、そこにインキの付いたボールを転がしていきます。その凸凹をチップのクッションで受けとめ、それを使っている人がどう感じるかが、書き味となる訳です。ペンにおける今のトレンドとしては、「エナージェル」のようになめらかに書けるというのが好まれる傾向にあります。特に油性ボールペン市場では、なめらかな油性ボールペンがいよいよマーケットのスタンダードになっています。」
土橋「今後の油性ボールペンでは、わざわざ「なめらか」と言わなくてもよくなるかもしれませんね。」
佐倉「私たちもなめらかな書き味というトレンドを感じています。紙でもなめらかさをうたったものが色々とでていますね。」
土橋が注目したポイント
- 味とはとても微妙なもの。料理の味でもある人がおいしいと感じても、他の人にとってはそう感じないということもある。そうした主観的な「書き味」というものを少しでもたくさんの人に心地よいと感じてもらえるように努力をされている両社。「ペン、紙、人、目的の交差点」、「ボールの形状、インキの粘度、チップのクッション性」と、そのとらえ方が違う尺度であるところが実に興味深かった。