「子どもたちに鯖(サバ)を見せていて遅れました」
そう話しながら取材場所に来られた馬場千晶先生。造形講師として数々の保育・教育現場で教えている。ちょうど取材の日も直前まで幼稚園で活動をしていたという。その日は用意した様々な本物の魚を、見て感じて発見して絵に描いて遊んだ。ちょうどお昼にサバの味噌煮が出ることになっていたので、魚が切り身になって調理されることを、調理員さんに協力してもらって子どもたちに説明していたという。お絵かきや工作にとどまらず子どもの好奇心を察知して、とことんつきあっていく馬場先生。こうしたことも広い意味での造形教育の一環なのだという。
今回お話をお聞きしたのは東京・四谷「CCAA四谷三丁目ランプ坂ギャラリー」奥にある図工室。もともと小学校だった建物を利用している
中央が馬場千晶先生
馬場先生は、美育文化協会が定期的に発行している美術・造形教育の雑誌「美育文化ポケット」で編集委員も務めている。「美育文化ポケット」の編集委員は現在4名。岡山大学大学院教授の大橋功先生(編集統括)、淑徳大学教授の槇英子先生、芦屋市立精道小学校教諭の秋山道広先生、そして馬場千晶先生である。普段はそれぞれの立場で教育や造形に関わる仕事をしながらも、この4人の先生が企画をたて、多くの研究者や学校・園の先生方に協力を仰ぎ、また実際に全国各地を訪れて取材しながら年4回の誌面づくりを行っている。今回の取材では、編集委員のお一人として活躍する馬場先生を中心にお話をうかがい、編集者として制作進行を担当する宗像さん、美育文化協会の新関さんにも同席いただいた。
■ 70年の歴史がある美育文化協会とは?
公益財団法人 美育文化協会 事務局長の新関日出夫さん
■ 50周年を迎える「世界児童画展」
世界児童画展49回 文部科学大臣賞 井上湊太さん「回転寿司」
世界児童画展49回 外務大臣賞 オシアン・ゾラ・シンさん(タイ)「僕の家族」
■ 70年間にわたり子どもの造形教育を現場で支え続ける「情報誌」
「美育文化ポケット」の編集を担当されている宗像真理子さん
そして、もうひとつの活動である季刊誌「美育文化ポケット」。協会が発足された当初から発行されており、創刊から64年間は「美育文化」という名前で発行。その後、今の「美育文化ポケット」にタイトルが変わったのが2014年。現在は保育・教育現場向けの実践誌として編集・発刊されている。
創刊当時の「美育文化」
リニューアル前の「美育文化」
2014年から「美育文化ポケット」としてリニューアル
この「美育文化ポケット」は、現場で子どもたちの造形教育に携わっている先生向けの情報誌。生活の中でどのように造形活動に取り組むのか、という考え方やどのような教え方をしたらよいかといった具体的な事例が紹介されている。たとえば、実際の保育・教育現場で行われた造形教育について、どんな材料を使って、どのように子どもたちに説明をし、さらには子どもたちが実際に作り上げた作品までが一連の流れを追って画像付きで紹介されている。
実は、保育・教育の造形の現場では困っている先生が多いという状況がある。というのは、小学校では教科書があり、それを元に進めていくことができる。しかし、幼児の教育現場にはそうしたものはない。もちろん国が定めた指針はあるが、具体的に何を行うかは各現場に任されている。そのため何を行えばよいか悩まれている先生が多いというのだ。「美育文化ポケット」はそうした先生たちの間で役立てられている。
「美育文化ポケット」では、毎号テーマを変えて様々な造形カリキュラムが紹介されている。たとえば「箱はともだち」、「イロイロな色が好き」、「サンキューしぜん!」など、子どもたちがワクワクしそうなテーマばかりだ。しかも、年齢別に3歳児、4歳児、5歳児、小学校1・2年生、3・4年生、5・6年生と明確に分かれ、それぞれの年齢に応じた造形カリキュラムが紹介されている。どんな素材を用意し、どのように進めていけばよいかが具体的に掲載されているので、現場の先生方の間では大いに重宝されているという。
また、情報誌の発行だけにとどまらず、馬場先生をはじめ造形教育の専門講師陣による現場の先生に向けた研修も行われている。また、ぺんてるでも画材メーカーの強みをいかして、画材を製造している工場の方が現場の先生に向けた講習も行っている。画材それぞれの原料の説明から、効果的な使い方などが説明されているという。
この様に美育文化協会では、子どもの造形教育を多角的にサポートしている。
「美育文化ポケット」には、いきいきと造形を楽しむ子どもたちの笑顔が満載だ
20号P20より
19号P24より
■ アーティスト活動もされている馬場先生
「美育文化ポケット」の編集委員であり、銅版画家作家・造形講師 馬場千晶さん
「美育文化ポケット」は、編集委員の4人の先生が、大学や小学校、幼児教育など、それぞれの専門性を生かしながら、実践的な美術・造形教育を軸に幅広い視点で企画・編集を行っているのが特徴である。その中で、馬場先生の強みは、大学で教鞭をとるだけでなく、造形講師として日々子どもと向き合っていること、そして現在も銅版画家として毎年作品を発表しているアーティストでもあることだ。ここからは、馬場先生の人となりから、「美育文化ポケット」に込められた想いを探っていきたい。
馬場先生は、もともと子どもの造形教育とは縁のない仕事をされていた。
美大を卒業され、はじめて入った会社は靴メーカー。そこで靴のデザインをする仕事をしていた。しかし、馬場先生にとって会社という組織がどうしても馴染めなかった。たとえば堅苦しい朝礼などは苦手だったという。次第に靴のデザインへの興味も薄れ3年で退職した。その後、臨時採用として、とある通信制高校の美術教師として働き始める。そこはいわゆる荒れた学校だったが、よくよく彼らと話をしてみると、みんないい子ばかりだったという。
生きづらさを抱えながらもヤンチャな生徒たちと出会い、もっと早く彼らに出会い、手助けがしたかったと馬場先生は強く感じたという。臨時採用の仕事が終わり、そこでの経験をきっかけに幼児の教育に関わっていこうと決心した。ご自分の専門分野である絵や美術が活かせるものはないかと探してみた。そして見つけたのが、江戸川にある幼稚園だった。その園では子どもたちに本物に触れさせるということをモットーに造形教育を行っていた。子どもたちに教えたいというよりも、子どもたちから教わりたいと感じその道に進み始めたのだった。
毎号、数々の幼稚園などの現場に飛び込み取材を重ね発行されている「美育文化ポケット」
後編では、馬場先生の造形教育についてさらに詳しくお話を伺っていきます。
土橋が注目したポイント
子どもの頃からなにげなく行っていた絵を描いたり、工作をしたいという遊び。私は勉強があまり好きではなかったが、図工や絵を描くことだけは好きだった。こうした子どもの造形活動を「美育」として70年も前から取り組んでいたとは知らなかった。子どもの頃はまだ文字もうまく書けないので、自分の気持ちを表現するのに絵や造形という手段はとても適しているのだろう。なにか決まった答えや正解を探す教科とは違い、自分の中にあるものを表現していくというのは、改めて大切なことだと思った。
*公益財団法人美育文化協会
*季刊誌「美育文化ポケット」 季刊(年4回)各号560円、年間2,240円。送料無料。購読のお申し込みは以下のサイトもしくはAmazon.co.jpより
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馬場先生はじめ、美術教育に関わる21人からのメッセージを収録。 購入は、美育文化協会ホームページもしくはAmazon.co.jpより。
プロフィール
*季刊誌「美育文化ポケット」
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- 馬場千晶(ばばちあき)
- 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。銅版画作家。大学卒業後、靴のデザイナー、高校の美術教師を経て幼稚園の造形教室スタッフとなる。以後、都内数カ所の幼稚園・保育園の造形講師や、鶴見大学短期大学部、白梅学園大学、和洋女子大学、日本社会事業大学等で非常勤講師をつとめている。主な著書『保育園・幼稚園の造形あそび』(成美堂出版)、『美術教育ハンドブック』(三元社)など。